一年間を振り返って

ふるさとを 今も忘れじ

会長 L.吉浦 久行

l_yoshiurahisayuki前略
北九州八幡西区黒崎の地に、旧福岡藩の宿場町長崎街道の入り口があります。
その向かい側に時計台があります。その台座に刻んだ歌碑をまず紹介しましょう。

思いは遠く西の海にあり
幾万人の人びとの夢と希望の足跡をこの地に見る
われもまた浅年月の過ぎし日は
新たなる志ざしここにある ああ長崎街道

私の故郷は長崎の西の海に浮かぶ五島列島でございます。
前が海で真砂石の浜に波が打寄せ、潮が引くと石ころばかりの浜辺が広がり三方が山に囲まれた、段々畑の続く私の故郷。その浜辺には鰯を干してイリコを作る作業台が並び、足の踏み場もないほどでした。若い人達が多くとても活気のある村でした。
そんな故郷を父母は将来のイワシ網漁や子供達の将来も考え、島での生活に見切りをつけてこの北九州へ。
私がまだ十代の後半でした。それから北九州で父が海運会社を創業し、今日まで続けております。
人生は小説という大好きな言葉があります。
ここで私の人生を語るつもりはありませんが、私も全てが上手くいった訳でもありません。
色んな人に出会って助けられた今日までの人生であります。
ただ、北九州で過ごしたこれまでの私の人生において、故郷無くして今日の私の人生はありません。
悲しい時も苦しい時も子供時代に遊んだ山や海を思い出し、何時も前向きに生きて参りました。
会社の創業五十周年を記念して、何か世の中の皆様方のお役に立てればと時計台を作り、その台座に刻んだ文が私の心です。
二十八年目にしてクラブ会長の役目が回って来ました。これも宿命かと腹をくくり早、一年が過ぎようとしています。
今まで感じ得なかった世の中と社会を改めて知る事になりました。これからも色んな事に出会った時、私に出来る事があるならば社会の皆さんに寄り添ったこれからの人生を送りたいと思っています。
結びに、クラブの皆々様方の御協力、本当に有難うございました。
皆様方のご健勝を心から御祈念申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。
草々
平成二十九年 六月吉日
吉浦 久行

今期のお礼

幹事 L.櫨本 健一

l_hazemoto吉浦会長から幹事の要請を頂き、身が引き締まる思いを感じながら、副幹事の役職を頂いてから早2年が過ぎました。
一度、退会をした私ですが、クラブへ復帰させて頂ける機会に恵まれ、しかもクラブ幹事の重責を背負うこととなり、疑問や不安も沢山ありましたが、今では、吉浦会長はじめクラブのメンバーの皆様に、素晴らしい時間と経験を頂ける機会に恵まれた事に、心から感謝致します。
吉浦会長は強いリーダーシップで、変革期にあるライオンズクラブの将来を危惧しながら、変えていく決断をされ、クラブメンバーの事を心底考えながら、これからに続く流れを見事に作られました。
ライオンズの先輩として、人生の先輩として、経営者の先輩として、学ばせて頂く場面や言葉が沢山ありました。
私が体感させて頂いた事はクラブの今後に繋がる無形の財産となると共に、まだまだ至らない点が多々ある私自身の成長のチャンスに繋がるモノだと確信するところがあります。
『かえよう・かわろう・皆さんのクラブのために』
吉浦会長が掲げた今期のこのスローガンの実現が、我が小文字ライオンズクラブに永遠の隆盛をもたらす基盤となると思います。
2度目の幹事を終えて、小文字ライオンズクラブの素晴らしさを改めて感じたこの一年に心より、御礼申し上げます。

一年を振り返って

会計 L.串山一孝

l_kushiyama16年ぶりの会計で、記憶を辿りながらの一年でありました。
赤字予算は組んではいけないと先輩ライオンからの教えもあり厳しい予算を組まさせて頂きました。
予定外の出費も多々ありましたが、必要なものは、と理事・会員の皆様のご理解でご承認を頂きました。
これも偏に先輩ライオンが営々と築いてこられたクラブの財政が、現在豊かな状況があるからで、引き続き継続する使命をひしひしと感じた一年でもありました。
また、337A地区年次大会が北九州で開催されたことで、我がクラブの担当部会が会場設営部会でありましたが、会員一同一丸となって出来たことが非常に良かったと思います。
一年間、皆様のご協力に感謝いたします。ありがとうございました。